ティーガー1はクーリング用扇風機の上にある門の開閉するために液圧システムを使用していた [3] 。その門が閉まってる場合気流が時たま不十分だろうと予想されていたらしい。
そのシステムは初の戦車のデモが完成された後に作成はやめられた [3] 。以来門は手でしか開けられないようになった。
この液圧システムに関しての図形や写真が存在するか否か分からないが、残ってるものをヒントに再建する努力をした。
ドイツから残っていた図があるが [1] 門の後方の端下にループがそれに表示されていた。 その図から想像できる寸法を入れてあるダイアグラムを作ってみました。
ハルは122番だけどボーヴィングトンにある戦車も門下にこのループがある [2] 。切除されたはずなフィーチャでも戦車にはしょっちゅうキャスチングはそのままにされてたため残ってる事があった。ループは後方の端の真ん中の下部にある。メーカーはループに穴を開けてないのにも注意。
門の下の仕切りには二つの扇風機と排気脈管があった。サポートとして後ろの壁にこの脈管は溶接されていた。このサポートの真ん中にUの形をした穴があったのは面白い。扇風機の脈管にはそれに見合った穴がある。製造されてた限りずっとこの穴はあったらしいが扇風機の上にある盲ぶたで密封されていた。
これらすべて考慮に入れると、どうやら液圧シリンダーが格扇風機の仕切りの上穴を通して後部の壁を貫通していたようだ。門のループにシリンダーの上部か、もしくは蝶番があるアームがリンクされていただろう。
門の動きを想像するためにはシリンダーは少しは前後へ揺れ動く必要があったはずだ。そのUの形の穴のおかげでそれは可能だったはずだ。穴の幅は55mm、液圧のアームよりはるかに広いのでシリンダー自体その穴を貫通していたと思う。シリンダーの直径は50mmだったとも考えられる。
もう一つのヒントが得られるのは "Tiger I and II: combat tactics"と言う資料から [4] とても時期的に早いティーガーの写真から。その後部の壁には扇風機の装置の下に二つ金属のストリップがある。上記の図は右側の仕切りの壁が見られて、おおよそのポジションが表示されてる。これらは液圧のシリンダーの蝶番の一部だったに違いない。
すべての手ががりとティーガーのハルに使用されていた液圧のショックアブゾーバーなども研究した末、ティーガーの後部の門用に使用されてたかもしれない液圧のシリンダーの推論的な図を作成してみました。
[2] Survey of vehicle 250122, Bovington, by David Byrden
[3] DW to Tiger 1
[4] "Tiger I & II; combat tactics", Tom Jentz, Schiffer Military publications